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第104回:最終章2~入試と私の立ち位置~

 (前回の続きです)

 受験というものが活発化し、1960年代には「受験地獄」と呼ばれる過度の受験競争が問題視されていました。 

 高校生が受験勉強の負担により青春時代をのびのびと過ごすことができていない。

 今も存在するそういった状況への批判が高まり、まず「推薦入試」という制度が、文部省(当時)の制度として打ち出されました。下は、1965年の朝日新聞の記事の内容です。

 もちろん、「推薦入学制」にせよ、「能研テスト」にせよ、今後検討すべき問題点は少なくない。ただ、はっきり言えることは、いまの入試制度は精神的にも肉体的にも青少年に過重の、しかもムダな負担をかけていることだ。受験勉強の不合理とムダについて、経験者ならだれでも知っている。(中略)

 東大の隅谷経済学部長は学生の質問にたいして「このころの学生は全般的に水準が低下しているのではないか。とくに一人で考える力が欠けており、たとえば論文でも書かせてみた場合、自分の意見が出てこない」と語っている。学生にとってきびしい指摘だが、これは経済学部にかぎらず、各学部の教授がいちように指摘しているところである。各企業の入社試験でもおなじような問題が最近注目されている。このような思考力の低下をすべて入試地獄に帰するわけにはいくまいが、入試地獄が大きな要因になっていることは否定できまい。

 推薦入学者の成績が良いこともあり、国公立大学含めて色々な大学へこの制度は広がりました。

 でも、「受験地獄」を緩和するまでに至らなかった。色々な大学に広まったけれども、大学の中ではあくまでも1部にとどまってしまい、

 一般入試が主流であることには変わりなかった。

 そんな中で、推薦入試は、なんだか中途半端なものになっていきました。

 1990年、慶應義塾大学SFCが日本で初めて、

 もし、日本型AO入試を他国のものと区別するならば、世界で初めて導入した「AO入試」は、当初推薦入試のようなものととらえられていましたが、1999年には政府機関の会議における中間報告が同年11月の朝日新聞の中で以下のように報じられました。(1999年11月2日朝日新聞朝刊2ページから引用。)

 大学入試のあり方などを検討してきた中央教育審議会が一日、中間報告「初等中等教育と高等教育との接続の改善について」を公表した。大学が高校生を「選抜」するという従来の大学入試のあり方を変える必要があると指摘。大学に対して、教育理念や特色に応じた入学者受け入れ方針(アドミッションポリシー)を対外的に積極的に公表した上で、高校生の能力や適性、関心などをきめ細かく評価する入試の実施を求めている。高校生側も主体的に大学を選択する姿勢を持つことで、学生と大学の適切な組み合わせを実現させることが望ましいと提言している。

 そして、2000年度からはAO入試が国公立大学含めて一気に全国へ拡大。推薦入試の衰退とともに一度止まっていた「選抜」への改革も、この入試を機に始まりました。

 推薦入試によって達成できなかった、政府、大学の思いはその時なお健在だった。そのために、AO入試は賞賛され、多くの大学で受け入れられた。

 「入試を変えられるかもしれない。」そういった多くの「期待」が詰まった入試でした。

 でも、現在AO入試がどのように言われているかは、ここを読んでおられる皆様が、よく知るところであると思います。

 本格的にAO入試が始まったあたりの1999年から、「学力低下論」というものが台頭してきました。

 大学生の学力が下がっている。このことは大学が大衆化してきたずいぶん昔から言われていたことでしたが、1999年に強く、さらにはデータをもって言われるようになってきました。

 詰め込み教育を正すための「ゆとり教育」への批判もあいまって、学力低下論は大学のみならず、大学より下の学校における学力の低下に関しても言われるようになり、

 いつの間にか、教育上の問題点が、「詰め込み教育」から「学力低下」へと変わってきました。

 私は国立大学付属の小・中学校、公立の高校で育ってきたため、政府の教育的施策が色濃く反映されたカリキュラムの中で過ごしていましたが、

 コロコロと変わる政府の考えと同じように、自分たちに与えられるものもコロコロと変わり、また現場の教師は絶えず文句を言っていたような記憶があります。

 権威のある教育社会学者が唱えていることもあり、非常に強く語られるこの学力低下論ですが、実際のところ根拠薄弱なものです。色々と示されるデータは、学力低下論を後押しするものばかりですが、低下していないという結果がでている調査もあります。そもそも、カリキュラムさえ違う世代の「学力」を狂いなく正確に比べることは、不可能です。

 ただ大学生の学力は、進学率が上昇し、少子化も進んでいるために、平均して低下しているのは仕方のない事実です。でもそれは悪いことではなく、以前よりも広く大学入学の門戸が開かれているという見方もできます。もし、大学生の平均的な学力を上げたいのならば、偏差値的に下位の大学いくつかを強制的に潰せばいいだけ、すなわち、人数に対して「大学があり過ぎること」が学力低下の原因といえます。

 でも、学力低下は、実質的に学力を担保している受験にも向けられ、推薦・AO入試は恰好の批判材料となりました。

 「進学時に筆記試験を受けていない大学生は4割に上り、「学力低下」を懸念する声が高まっている。」上は、2008年の毎日新聞からの引用です。最近では、こういったAO入試批判の声が大きくなってきました。

 そもそも推薦・AO入試といっても、学力試験を課すものもあり、一定の評定平均を条件とするものもあり、教授が選別の段階で学業成績を評価対象とすることもある。

 でも、大抵の場合、「学力試験を課さずに入学できる、推薦・AO入試での入学者は~割にも上り」という言い方とともに批判されています。

 上の~割の中には、慶應義塾大学経済学部の一般入試合格を蹴ってSFCをAO合格した友達も、医学部受験を途中でやめて合格した友達も、現役時代は一般入試だけを考えて3年間ひたすら勉強し続けたこの私も、含まれています。

 「AO入試からの選抜の在り方の改革」なんて、もう言われなくなり、

 政府や大学よりもむしろ、AO入試に携わる塾や予備校、その講師から「AO入試から教育を変えていこう」という声が聞こえるようになり始めました。

 でも、大学や政府は「塾や予備校がAO入試の対策を進めてきたため選抜できないようになっている」と言って彼らを批判する。

 理念を失ったAO入試には今、おかしな現象が起きています。

 そもそも、入試の在り方を変えたって、「選抜」そものもの在り方は変わりません。

 学力以外の観点で選抜したところで、学力以外の分野での序列化が始まるだけですし、だからといって選抜をなくして大学入学を「くじ引き」にしたところで、高校入試が激しくなるか、企業による選抜が、大学入試のように激しいものになるだけです。

 選抜の在り方そのものを変えていく時、必要なのは入試改革ではなく、入試を生み出している社会観念そのものなのです。

 でも、たくさんの「一生懸命になったもの同士」を比べ、評価するということが社会の中にどうしても必要で、

 それが今、主に大学の入り口に「入試」としてあるのなら、その「入試」と、「入試」が生み出す弊害とは紛れもなくあるものとして付き合っていかなくてはいけない、

 トレンド的な教育問題に流されて、「入試」との向き合い方があやふやにならないように、見守らなければならない。

 私は高校時代、一生懸命努力したら、先生から怒られました。一生懸命私を指導している先生も泣いてしまいました。

 目的に対して一生懸命になることが、楽しくて、一生懸命を応援する立場にある人も、やりがいをもてて、

 それが誰かの掌の上で行われていることではなく、知らないうちに誰かが損しているものでもなく、

 その選抜があってよかったと、過去、現在、未来に対して誰もが思う、

 そんな入試、正確に言えば、そんな「社会」になればなと思います。

 私がAO入試に携わっているのは、

 私がこの連載を書き続けたのは、

 そういった理由からです。

 

 以上です。長い間、私の連載を読んでいただきありがとうございました。

 主に、私の浅い見聞から生み出される内容の記事で、多くの異論反論を感じながら読まれた方もおられるのではないでしょうか・・・。これからもっと、社会にインパクトを与えられるようなことが言える人間になるため、今後とも精進していきたいと思っております。

 現在、SFCの最寄り駅、湘南台駅にあるスターバックスの窓越しにいます。

 マフラーがないと厳しくなってきた12月の外を、多くの人が笑顔で行きかう。

 一生懸命、一生懸命と言ったけれど、好きな人と、好きなように過ごすことができればまずそれで幸せで、

 一生懸命にならないことは、否定するべきものではないし、

 幸せを削ってまで一生懸命にならなくてもいい、

 ただ、その幸せを守るために、少しばかり一生懸命にならないといけないこともあって、

 あるいは、もう少し、良いものを社会に生み出したくて、努力しなければいけないことがあって、

 一生懸命はやっとそこから始まります。

(終)

慶應義塾大学SFC総合政策学部

 尾室拓史  

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