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第46回:AOの添削とは?

  AOの添削、この洋々さんを初めとして、色々な塾や予備校もできていますが、AOの添削ってなんなのか?って少し考えてみました。

恐らく多くの人がすぐに思いつくのは、

「受験生を合格させるために添削をする」

  そうですよね。確かにそうです。一般入試でも、塾や予備校の役目というのは、受験生を合格させること。でも、それってAO入試にも当てはめて考えられることでしょうか?AO入試ってざっくり言えば「受験生の総合的能力を見る入試」。一般入試は、ペーパーテストの問題をいかに解く能力があるか、正確にいえば「いかに合格点に達するように得点する能力があるか」を見る入試ですので、その能力を伸ばすことが添削の目的でしょう。でも、AO入試が求めている総合的能力ってそこら一か月の努力で身につくものではなく、一般的に添削と呼ばれるものが始まっている時には、その「能力」を伸ばすにはもう遅い。すなわち、一般入試のように、合格するための直接的な「能力」を伸ばす添削ではありませんよね。

  よく、塾や予備校は「合格者~人!!」だとか「~人に一人が出身です!」だなんて、一般入試と同じように宣伝していますが、先ほどの理由から、そもそも一般入試のように塾や予備校があたかも「合格させました」という入試ではないのです。(こんなことを言うと、洋々さんに怒られるかもしれませんが《笑》)

  じゃぁ添削の意味とはなんなのでしょうか?それを説明するために、「AOの添削なんて必要ない!」と主張する人が主に論拠として挙げることへの反論から、考えてみます。彼らは主に、

(1)AO入試はそもそもその人のオリジナリティを見る入試であり、添削を受けては意味がない。画一的になってしまう。(2)本当に能力があるやつなら自分で志望理由書が書ける。(3)合格に必要な情報収集能力も能力の一つであり、添削によってそれが見えなくなる。

こう言います。

  一つ一つに対して検証するのですが、まず(1)から。オリジナリティのある人が自らを文章というかたちでアウトプットする段階において、その“オリジナリティ”を同じレベルで表すことができる、とは限りません。特に、今の日本の高校生は「文章を書く」ということを学んでいないので、どれだけ深くものごとを考えていても、それをうまく伝えられない方が多いのが現状です。山田ズーニーさんというSFCでライティングやプレゼンテーションを教えておられる方は、それを「inputとoutputの張り裂けそうなアンバランス」と表現しています。情報化社会において、私たちのinputの量はすさまじいものがあります。しかしながら、outputに関して日本の教育体制の中で教わる機会はなく、特に大学生がそのまま就職活動へと行って痛い目にあうことが多いそうです。話がそれましたが、つまり「オリジナリティがある=オリジナリティな自分を外へ表わせる」とは必ずしもないのです。

  添削にもよりますが、多くの人の場合、そちらの方がオリジナリティが出せるからと一人で文章を書いた場合、それまでのごく小さな経験の中から「文章ノウハウ」を選び出し、結局みんな、マニュアル通りあるいは、文章になっていない文章ができあがります。オリジナリティを出すためには「オリジナリティを出すためのノウハウ」が必要なのです。(ただ今の場合、同じ型にはめさせる添削が多いことから、(1)のように主張される気持ちも分かります。)

次回へ続く。

慶応義塾大学SFC 総合政策学部 尾室 拓史

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