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第3回:ムワンザホテルの夜 後編
汗を洗い流し、すっきりした私は、続いてホテル内にあるバーに繰り出した。実は、部屋でテレビでも観ようとスイッチを押したのだが、ちっとも反応がないものだから、バーに行くついでに、またまたフロントの女性に声をかけた。
「テレビがつかないんだけど。」
「うん、あれは壊れているの。」
「じゃあ、なんで置いてあるの?」
「For dispray(ディスプレイです。)」
はいはいそうですね。
そこは、無反応で通り過ぎ、誰もいないバーのカウンターに座る。
「この店で一番冷えているソフトドリンク、プリーズ。」
といつも通りに注文を済ますと、間もなく、私の前にギンギンに冷えたコーラが運ばれた。ちなみにホテルのバーということもあり、やや高めに設定されたコーラは日本円で約40円程。
今日のインタビューも、先に訪問した2件のグループ同様にICレコーダーに録音しており、さっそくテープおこしの作業に入った。とにかく目につくものすべてが「超ハイテク」で「Oh ジャパニーズテクノロジー!!」な日本の電子機器に興味を示したバーテンダーが、さっそく身を乗り出してくる。
「その白い物体は何だ?ラジオか?」
「ノー。これはレコーダーだ。」
「声を録音するのか?」
「そうだ。」
「じゃあ、俺の声も録音してくれ。」
「いやだ。」
という会話をしたあとに、さらにバーテンダーは聞いてくる。
「何を書いているんだ。」
「インタビューで話した内容だ。」
「中国語か?」
「違う。日本語だ。」
「日本人か?」
「そうだ。」
私は、話しかけられるたびに、すっかり聞き飛ばしてしまった箇所をもう一度聞きなおす。訝しげな表情のバーテンダーはおかまいなしに続ける。
「中国語と日本語は違うのか?」
「違う。」
「どう違うんだ?」
「マラウイで話されている言葉とタンザニアで話されている言葉が違うように、違う。」
「そうか。」
これは幾度となくされた質問だが、この説明が、一番落ち着くようである。平仮名やカタカナという説明が入ると、たちまちマラウィアンの興味は失せてしまうのである。それにしても、作業はちっとも進まない。私はコーラを飲み終えると、早々に部屋に戻ることにした。部屋に戻ると、私は素早く睡魔に襲われて、夕食まで寝ることにした。ダブルベッドに文字通りの大の字になる。ふ~疲れた。
「もう寝よう。寝るしかない。」
私はやや乱暴に独り言をつぶやき、目を閉じた。
眠り落ちかけた時に・・・
足にチクッ。
ポリポリポリ。
腕にチクッ。
ポリポリポリ。
首にチクッ。
ポリポリポリ。
ん?
さすがに何かがおかしいぞと思って起き上がると、なんと!
ベッドシーツを、無数の小さな蟻が歩き回っているではないか。
「ダブルベッドに何名様だよ!」
と素早く突っ込みつつ起き上がる。とりあえずシーツ全体に虫よけスプレーを吹きかけて、それらを手で払い落す。当然だが、すっかり眠気も吹き飛び、私はとりあえずパソコンを開き、パソコンに差し込まれたままになっていたDVDを観ることにした。こういうときに、日本の生活をシャットダウンするのではなく、とことん享受するのも、私の習性だ。
私がDVDに夢中になっている間に、すっかり日も暮れた。そろそろ夕食でも、と思いながら、なかなかDVDを止められないでいると、突然部屋が真っ暗になった。
まさか。
断水に引き続き、今度は停電のようだ。私は食いっぱぐれるのではないかと慌ててレストランに向かおうとしたのだが、小さな町の古いホテルには、一筋の光もなく、まさに手探りでレストランまでたどり着いた。まるで手の込んだお化け屋敷だ。突然ウェイターの白い歯が見えて、私にメニューを寄こした。電気調理器を使っていると思ったのだが、食べられるらしい。炭で調理でもするのだろうか。これが都市ならば、1時間もすれば復活すると安心していられるのだが、ムワンザのような町では、この停電もいつまで続くかわからない。電気もない長い夜を思うと、なんとなく食欲も失せる。とりあえず「チップス(ポテトフライ)」とコーラをオーダーした。ようやくテーブルにひとつだけキャンドルが置かれ、私はその灯りを頼りに本を読んだ。
一時間後に、無事に食事は運ばれたのだが、客のいない大きなお化け屋敷を想像してほしい。フォークとナイフが律儀に運ばれ、それらを使って食べるチップスは、決しておいしいものではない。部屋で飲めるようにとミネラルウォーターと、チェックを待っている間に、意気消沈しかけている私は、とりあえずレストランから一歩外に出てみることにした。すると。星屑が満天に散りばめられており、本来あるべきはずの星座さえも見落としてしまうほどに、星しか目に入らない。隙間の闇がまるで見えないのだ。
「よし、断水も停電も、壊れたテレビも、おしゃべりなベーテンダーも、ベッドの蟻も、みんなチャラにしてやる。」
私はなにか大きな味方を得たような気持ちになってしばらく星を見上げ、席に戻った。
「Excuse me、マダム」
「Yes?」
すっかり笑顔を取り戻して振り返ると
「Sorry、もう一本も水がありません。」
他に客らしい客もいないと言うのに。
その夜、私がスルメのように乾ききって朝を迎えたのは言うまでもない。しかしながら、アフリカとはこういうもんだ、と愉快になる瞬間でもある。
それにしても、恐るべしムワンザホテルの夜…。
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